優しく働きやすい職場入門3 長野リネンサプライ(株) <2020・11・10>

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最終更新日: 2020年11月10日

「ノーマライゼーション」の実践を目指し

  長野リネンサプライ(株)(長野市 代表 納富廣幸氏)は、自社のテーマとして、障がいのある人もない人も、共に働き、生活し、愉しむことのできる「ノーマライゼーション」の実践を掲げている。経営の目的は、「障がい者を幸せにすること」と言っても過言ではない。

 現在、全従業員147名の中で、長野工場で24名(知的障がい者23名、精神障がい者1名)、須坂工場で15名(知的障がい者14名、身体障がい者1名)の計39名の障がい者を雇用している。彼らの労働条件は賃金等も含め一般社員と同じだ。

 納富社長は「自分は障がい者雇用をするために、当社の経営をするのだ」とさえ語る。2020年10月15日コラム「優しい職場だからこそ頑張れる」にて、日本理化学工業(株)の障がい者雇用の理由として紹介したように、人が幸せを得るためには働くことが必要だ。同社はその舞台を多く用意していると言える。障がい者雇用の促進と発展に寄与した功績は大きく、2005年には厚生労働大臣賞、翌年には長野県知事賞を受賞している。

 同社の障がい者雇用のきっかけは、創業者である故納富廣次氏(現社長の父)が、家や施設から出ることができない重度障がい者が大勢いることを知り、その現状を憂い一念発起したものだ。彼らが働き、自立し、幸せになる手立てはないものかと考え抜いた結果、自社での受け入れを始めた。

 その後、1980年には厚生労働省より「心身障がい者雇用モデル事業所」の認定を受け須坂工場を新設。90年には「重度障がい者多数雇用事業所」としての認定を受け長野工場を増設している。これら先進的な活動と成果に学ぼうと、視察に訪れる企業は多い。

重度障がい者も働ける仕組みをつくる

 重度障がい者は、どのようなことができ、どのように働けるのか、一般企業ではほとんど知られていない。これが障がい者雇用に踏み切れない大きな理由の一つである。

 これを知るためには、入社前に障がいの程度や種類に応じた就業体験や訓練が必要だ。そうすることで、できる仕事とできない仕事を見極め、本人がやりたいと希望し、できる仕事に就いてもらうことができるようになる。このため、同社は障がい者が働くのに必要なことを学んでもらう場として、97年に社会福祉法人廣望会を設立した。こうした仕組みを用意することで、重度障がい者でも企業戦士として働いていくことを可能としている。

 現在、(社福)廣望会では170名の障がい者が職業訓練を受けている。さらに地域の福祉環境向上のため就労継続支援A型事業所の機能も担っており、そこで46名が働いている。

バトンを引き継ぐ「障がい指導課」

 しかし、事前に教育・訓練を受けてきても、入社後の支援は必要だ。このような問題意識から93年に社内に「障がい指導課」を設置し、「障がい者の応援をしたい」という熱い思いのメンバーを4名配属させた。

 ここでは、障がい者への「毎日の声掛け」と「体調の確認」を基本業務として行いつつ、困った時の駆け込み寺的存在として頼られている。障がい者の仕事のやり方から人間関係に至るまであらゆる相談に乗っている。その中で心掛けていることは、寄り添いながらも独り立ちを促す指導だ。最終的な目標は、皆自分の判断で生きていける能力を身につけてもらうことだ。

 また、職場の風通しが良くなるよう、月に一回、お花見やバーベキュー、社員旅行、クリスマス会などのイベントも開催している。これを楽しみに頑張る障がい者従業員は多い。イベントを通じた交流は、従業員同士のコミュニケーションも活性化させているという。

障がい者が現場で働くための環境づくり

 同社では、障がい者にも働きやすい職場環境を整えるため、それぞれに適した機械の設置と整備に取り組んでいる。さらに自動化機械を導入し、作業上の安全管理と生産性向上にも努めている。

 このように生産性の向上は図るものの、それが障がい者の仕事を奪ってしまわないように、あえて自動化はしていない工程もある。仕事の工程を細かく分解し、障がい者にできる工程を見つける努力を欠かさない。

 例えば、タオルを畳む仕事、機械への投入業務、検品、シーツ等の運搬などだ。これらの工程を用意し、障がい者に得意な工程についてもらうようにしている。こうした多くの工夫の積み重ねで、障がい者が長く働ける職場となっている。障がい者の平均勤続年数は20年を超えており、30年という者もいる。

共に働く優しい仲間たちがいるからこそ

 同社では、毎年数名の健常者が新卒として入ってくる。彼らの志望動機の多くは、同社の企業理念や障がい者雇用に関する活動に感銘したというもので、優しい心の持ち主ばかりだ。

 彼らに企業にとっての障がい者雇用の必要性を尋ねてみた。「障がい者は放っておけば、社会を知る機会がないまま一生を終えてしまう。障がい者に社会を知る機会を与えることは企業の責務だと思う」、「障がい者と働くことで、健常者も思いやりの気持ちが芽生え、優しくなれる。そんな従業員が集まった組織は、誰にとっても働きやすいのではないか」。

 ホテルで使っているシーツを洗濯し、機械で伸ばす現場など、筆者も工場を見学させてもらった。湿度・温度とも高く、厳しい職場だ。しかし、そこで働く従業員はとにかく一生懸命だった。

 働ける喜びとプロとしての自覚、そして自分に対し優しくしてくれる職場であればこそ、懸命になれるのだろうと強く感じた。

 

優しく働きやすい職場入門まとめ 3社に見られる取り組みのポイント

 事例に示した3社は業種も規模もそれぞれ異なる。しかし、障がい者雇用に積極的であるという点は共通している。最後に各社の経営に共通して見られた経営者の思いや、仕事をする上での工夫など、取り組みのためのポイントを5つにまとめてみた。

1. 経営者の強い思い

 経営トップの障がい者雇用への思いは非常に重要だ。

 橋場社長は、障がい者雇用を地域企業として「当たり前」のことと捉えている。湯本社長は、障がい者でもできることを伸ばせる仕事や職場の仕組みをつくっていくことに懸命だ。納富社長は、「自分は障がい者雇用をするために、当社の経営をする」と宣言している。

2. 従業員と思いを共有する

 いくら経営トップが障がい者雇用と言っても、現場の従業員の理解がなければ実現はできない。従業員の理解のない職場では、極端な場合、障がい者は差別やイジメの対象になってしまう。そうならないためにも、経営トップと従業員の思いを共有化し、それに基づく社風づくりを進めるべきだ。

 (有)ホテルさかえやでは、全従業員に障がい者への接し方を学ばせている。長野リネンサプライ(株)では、企業理念に共感した新卒者を採用している。障がい者雇用を進めるには、偏差値を重視するよりも、このように企業理念に共鳴してくれる人材を採用すべきだろう。

3.障がい者に合わせた時間と仕事

 障がい者を育成するためには、それぞれの障害に応じて時間をかけることが必要だ。

 (株)協和精工では、通常2カ月で終わる育成に2年をかけた。長野リネンサプライ(株)のようにインターンシップを活用し、職業訓練をした上でできることを見極め、できる仕事をしてもらう方法もある。

 できる仕事がない場合には、社内の仕事を工程ごとに見直し、できる仕事をつくったり、障がい者に合わせた設備を設置する視点も必要だ。

 生産性や効率性の向上だけに目を奪われてはいけない。

4.できないことはできる人との組み合わせ

 障がい者はできないことが多いかもしれない。しかし、できないことはできる人と組み合わせ、できるようにすればいい。

 (株)協和精工では、管理職にマネジメント力よりコーディネート力を求めている。(株)ホテルさかえやでも、「できないことはできる人と補え合えばいい」と考え、仕事に工夫を加えることで、全員で助け合える体制をつくっている。長野リネンサプライ(株)の工場は、そうした工夫の固まりと言える。

5.優しい職場が起こす生産性改革

 「障がい者は生産性も低いし、余計な手間が増えて大変だ」といったあたりが障がい者雇用が進まない本音だと思う。

 しかし、事例で見たように、障がい者雇用は従業員全員を優しくし、生産性を上げるのだ。仕事の悩みのほとんどは人間関係と言われるが、人間関係が悪い職場で生産性が上がるはずがない。そうではなくて、優しい仲間に囲まれ、笑顔が溢れる場所でこそ、人の能力や主体性は開花するのではないだろうか。

 

 民間企業などでの障がい者の法定雇用率は、2021年3月1日から2.3%に引き上げられる。企業の義務はさらに増すことになるが、形だけ取り繕っても不幸な人を増やすだけだろう。

 企業の本当の責務は、障がい者を幸せにすると共に、全従業員を幸せにすることにある。

 

 

(初出)長野経済研究所「経済月報10月号」『県内の優しい職場を訪ねて』

 

 

 

 

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