AIが呼び起こす「まともな世の中」<2025・11・14>
アメリカで起こっている収入の逆転現象
11月2日の日本経済新聞「文化時評」では、「ブルーカラービリオネアの時代」という記事が紹介された。ブルーカラーとは現場労働者、ビリオネアは億万長者を意味する。つまり、現場労働者が高収入を得る時代が到来しているということだ。
同記事によると、配管工や電気技師、空調整備士などの技能職が高収入を得ており、特にエレベーターやエスカレーターの設置・修理工の年収は1600万円を超える事例もあるという。彼らの多くは高卒で、大学での「知識」よりも現場で培った技能が評価されている。
一方、知識層の代表格である弁護士や医師の収入は減少傾向にあると記事は指摘する。その背景にはAIの急速な進化がある。会計処理、法務リサーチ、医療診断など、知識を扱うホワイトカラー業務はAIによって次々と代替されているという。
その結果、AIでは代替しにくい現場での判断力や技能、体力が求められる職種の価値が高まっていると報じられている。
アメリカで起こっていることは日本でも起こるのか
こうした流れは、日本にとって好ましい変化だと考えられる。
現状の日本社会は、一流大学を頂点とする「富士山型」の学歴構造が深く浸透し、評価の中心が学歴に偏っている。しかし、技能者も正当に評価される「八ヶ岳型」へ移行すれば、より多くの人材に活躍の機会が生まれ、日本社会の活性化につながるだろう。
産業競争力の多くは技能者によって支えられているにもかかわらず、そのバランスが知識偏重に傾いていたことが、社会の閉塞感を生んでいた面もあるのではないか。
ただし、日本がこの変化を実現するには大きな壁がある。それは産業構造だ。特に建設業では、日本特有の多重下請け構造や価格決定権が元請けに集中しており、技能者の報酬改善が進みにくい仕組みになっている。
今後、技能者の待遇を改善するためには、契約体系の見直しや直接契約の仕組みづくりなど、構造改革が不可欠だ。こうした課題を乗り越えていかなくてはならないだろう。
技能重視時代の長野県のポテンシャル
とはいえ、社会の軸が「知識偏重から技能重視」へと緩やかにシフトしつつあることは間違いない。
その中で、長野県の技術・技能のポテンシャルは決して低くない。
例えば、技能者の技能レベルを競う「技能五輪全国大会」では、今年16人、昨年も15人が入賞しており、全国でも上位に位置している。
さらに、先日開催された「ものづくり大賞NAGANO 2025」では、学校での座学と企業での実務経験を組み合わせた教育制度「デュアルシステム」を実践する、池田工業高校と須坂市の「デュアルシステム協力企業会」が特別賞を受賞した。
池田工業高校の「池工版デュアルシステム」は県内初の取り組みで、今年で11年目を迎える。池田町をはじめ松川村、大町市、安曇野市の13企業・団体が協力し、高校3年生の希望者を受け入れ、例年30人前後の生徒が企業で現場研修を体験している。
一方、須坂市の「デュアルシステム協力企業会」は須坂市を中心に小布施町、長野市など68企業が参加し、須坂創成高校の生徒を実習に受け入れている。創造工学科の生徒は3年次に8日間の企業実習が必須で、学科全員参加は県下初の試みだ。
この受賞は、AI時代における技能重視への価値観転換を占ったものと言え、長野県における技術・技能の底上げに向けた喜ばしい一歩だと思う。
知識偏重から技能重視へと社会の軸が移りつつあることは、バランスのとれた「まともな世の中」に変わることだと言えなくはないか。
(初出)SBCラジオ あさまるコラム 2025・11・14放送
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