「お客様は神様」のひずみなのか~カスハラと低生産性<2025・9・25>

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最終更新日: 2025年9月25日

他人事ではないカスハラ

 8月25日付のコラムでは、連合長野主催の「2025地域活性化フォーラム」における「働きがいを高める」ための取り組み事例を紹介した。本稿では、同フォーラムで議論されたもう一つの重要なテーマ、「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」への対応について考えてみたい。

 当日のテーマは「賃上げ・働きやすさ・働きがい・豊かな地域」。その中で、働きやすさを実現する上で近年深刻化しているカスハラについて、長野県が実施したアンケート調査結果(2025年7月4日公表)が報告された。この調査は、カスハラが一部の特殊な事例ではなく、広く社会に蔓延している問題であることを浮き彫りにした。

調査に見るカスハラの現状と対策の遅れ ―「お客様は神様」の影

 調査によれば、2022年から2023年にかけて企業におけるカスハラの発生率は21.7%に達し、特に「運輸業・郵送業」「金融業・保険業」「サービス業(その他)」など、顧客との接点が多い業種で顕著だった。

 さらに、市町村や保育所では54.5%がカスハラの発生を認め、労働者の36.2%が被害経験を持つと回答している。これらの結果は、カスハラが特定業種に限らず、社会全体に広がっていることを示している。

 一方で、企業の対策状況を見ると、40.4%が「対策を講じていない」、30.8%が「検討中」と回答しており、対応が十分に進んでいない現状がうかがえる。

 こうした対応の遅れには、企業が顧客対応において慎重にならざるを得ない背景があると考えられる。その一因として、長年にわたり根付いてきた「お客様は神様」という文化が影響しているのではないだろうか。企業はこの価値観のもと、必要以上の対応を行うことで事態の鎮静化を図ってきた。こうした姿勢が、結果として顧客の権利意識を過度に肥大化させ、カスハラを助長する土壌を形成し、過剰なサービス提供を招く要因となった可能性は高い。

消費者と生産者、二つの顔を持つ私たち

 カスハラ問題の解決は、企業の努力だけでは不十分である。我々は消費者であると同時に、生産者でもある。この二つの立場を自覚することが、問題解決の第一歩となる。
 消費者としては高品質なサービスを求める一方、生産者としては過剰な業務や理不尽な要求は避けたい。

 また、カスハラへの安易な対応は、社員の時間と労力を不当に消費させ、企業の生産性を低下させる。つまり、過剰サービス・過剰品質は生産性の低下を招くという側面もある。

 この悪循環を断ち切るためには、社会全体で「お客様は神様」という従来の価値観を見直し、それを超えた「適正品質」のサービスを受け入れる意識改革が求められる。

 他者の労働に対する寛容な気持ちを持ち、サービスには限界があること、そして過剰な品質は誰かの犠牲の上に成り立っていることを、消費者である我々が生産者の視点を持って理解することが重要である。

互いを思いやる寛容の精神こそ

 こうした認識の広がりを受けて、長野県は8月20日、県内の経済・労働団体や消費者団体、市町村などと連携し、カスハラの防止を呼び掛ける共同宣言を出す方針を明らかにした。これは、前述のアンケート結果において、カスハラ防止のため行政に求められる取り組みとして「情報発信」を挙げる企業や労働者が多かったことを踏まえた対応である。

 このように、カスハラ防止は単なる迷惑行為対策にとどまらず、日本経済の構造的課題である低生産性の克服にもつながる可能性を秘めている。

 「お客様は神様」と店の前でふんぞり返るのではなく、互いを思いやる寛容な精神こそが、健全で生産性の高い社会を築くための出発点となるように思う。

 

(資料)長野県産業労働部労働雇用課「令和6年度長野県カスタマーハラスメント実態調査結果の概要について」(2025年7月4日)

 

 

 

 

 

 

 

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