教育を通じて社会を変えるという原点
一人の教師との出会いが、安井さんの人生を大きく方向づけた。中学生時代、部活動のキャプテンや学級委員を務める一方で、やんちゃな面もあったという。しかし担任教師は、型にはめたり排除したりすることなく、一人の人間として向き合い続けてくれた。
評価や成績ではなく、人として大切にされているという安心感。その経験が、「子どもに夢を与え、教育を通じて日本を元気にしたい」という志につながった。
大学卒業後は中学校の保健体育教員となったが、教育現場で理想と現実の間にある大きな課題に直面することになる。
教育現場で見えた課題とオランダとの出会い
最初の赴任先は、外国籍家庭や生活困窮家庭の子どもが多く通う学校だった。子どもたちが置かれた環境によって、将来の可能性や選択肢に大きな差が生まれている現実に衝撃を受けた。同時に、多様な子どもたちに同じ評価軸や学習ペースを求める日本の教育にも限界を感じるようになったという。
その後、国際バカロレアをはじめ世界の教育制度を研究する中で、オランダ教育と出会う。転機となったのは2019年、オランダ教育メソッド「イエナプラン」の導入を目指す視察事業への参加だった。
現地で目にしたのは、子どもの主体性を尊重し、教師が余裕を持って子どもと向き合う教育の姿だった。
その本質をさらに学ぶため、安井さんは教職を辞して家族とともにオランダへ移住。現地の公立小学校で教員として働きながら教育制度を学んだ。
そこで痛感したのは、「人間観」と「評価」の違いだった。オランダでは、子どもを評価される存在ではなく、自ら成長する力を持つ存在として捉える。学力だけでなく、自分を表現する力や他者と関わる力を重視し、まず自己評価から学びが始まるのである。
「比較しない」から生まれる成長
安井さんの活動の核となっているのが「オランダ体育」の考え方だ。
目指すのは競技力向上ではなく、人間が本来持つ多様な身体能力や主体性を引き出すことにある。特徴的なのは、他者と比較しない環境づくりだ。
複数の運動を並行して行う仕組みにより、子どもたちは自分のペースで挑戦し、失敗を重ねながら成長していく。
さらに、勝者が力を独占し続けないよう工夫されたルールを通じて、誰もが社会に参加し続けられる民主主義の考え方も身体感覚として学ぶ。
こうした環境の中で、子どもたちは成功体験を積み重ねながら自己肯定感を育み、多様な人と協働する力を身につけていくのである。
伊那から広がる教育改革
帰国後、安井さんが活動拠点に選んだのは伊那市だった。現在は伊那小学校の特別支援学級で体育指導のボランティアを行っている。当初は運動に苦手意識を持つ子どもが多く、参加者も限られていた。しかし、比較や一斉指導を排した環境を整えたことで、子どもたちは次第に身体を動かす楽しさを取り戻していった。
今では全員が積極的に参加するようになり、その変化は現場の教員たちにも大きな驚きを与えている。
また、活動をより広く届けるため株式会社Levenを設立。スポーツクラブ運営、人材育成研修、教育プログラム「ロッツ&ウォーター」の普及、オランダ教育視察などを展開している。
企業向け研修では、身体を使った体験を通じて心理的安全性や信頼関係を育むプログラムを提供しており、教育現場で培った知見を組織づくりにも応用している。
誰も排除しない社会を目指して
安井さんが掲げる目標は明確だ。「子どもの自殺ゼロ、不登校ゼロ」。その実現のためには、教育現場での実践だけでなく、社会全体の仕組みや制度を変えていく必要があると考えている。
一人の教師との出会いから始まった挑戦は、今や教育の枠を超え、人づくりや地域づくりへと広がっている。
誰もが自分らしく成長できる社会をつくる。その実現に向けた安井さんの歩みは、伊那の地から着実に広がり続けている。
(資料)「新たな息吹~地域の可能性を拓く人々『オランダで学んだ「人が育つ社会」を伊那から』」「経済月報」(2026年10月号)