移住と挑戦が生み出す、地方自治の新たなかたち
上伊那郡南箕輪村は、人口減少が進む全国の自治体の中で、数少ない人口増加を続ける地域である。子育て支援の充実や生活利便性の高さを背景に、「子どもを育てるなら南箕輪村」との評価が定着し、移住者を引きつけている。
こうした地域の持続的な成長を支えているのが、東京都出身の移住者として村に入り、地域おこし協力隊、村会議員を経て村長に就任した藤城栄文さんである。
移住者が人口の多くを占めるという特性に加え、外の視点を持つリーダーの存在が重なり、南箕輪村では「変化を前提とした自治」の姿が具体化しつつある。
挑戦を選び続けたキャリアの原点
藤城さんは東京で生まれ育ち、中央大学で学んだ後、江戸川区職員として行政の世界に入った。地域振興の現場にやりがいを見いだす一方、大規模組織の中では、自らの取り組みと成果との結びつきが見えにくいという課題も感じていた。
転機となったのは、大学時代の友人が関わっていたフラッグフットボールの普及活動である。行政経験を生かして教育現場への導入を支援する中で、その教育的価値に強い共感を覚え、自らも深く関わるようになった。
収入面で厳しい状況に直面しながらも、競技の普及と制度化に向けた取り組みを継続し、最終的には学習指導要領への位置付けへとつなげていった。
こうした経験の中で形成されたのが、「選択肢があるときは挑戦する側に立つ」という行動原理である。安定ではなく変化を選び、自らの意思でキャリアを切り拓いていく姿勢は、その後の移住、政治参加、そして首長という立場の選択にも一貫して流れている。
地域に入り、地域を担う――移住から村長へ
活動の区切りを経て、藤城さんは子育て環境を重視し南箕輪村への移住を決断した。地域おこし協力隊として移住・定住分野を担当する中で、「なぜこの村に人が集まるのか」を自らの言葉で説明できるよう、地域の構造を徹底的に見直した。
こうした分析と発信の積み重ねは、地域理解を深めると同時に、課題を可視化する作業でもあった。その延長線上で、村会議員に挑戦し、制度の不整合や運用上の矛盾を具体的なテーマとして提示し続けた。外から来た視点であるがゆえに見える課題を、議会という場で問い続けた経験は、地域に変化を促す原動力となった。
村長就任の決断においても、「自分が好きになった村を望ましくない方向にしたくない」という思いが大きな理由となった。これは、個人的な動機でありながら、結果として地域に深くコミットする意思の表れでもある。
移住者として関わる段階から、地域を担う主体へと立場を変えた点に、藤城さんの特徴が表れている
生活者視点で再構築する地域と組織
藤城さんの行政運営の特徴は、一貫して「現場起点」にある。
まず取り組んだのは自治会の見直しである。行政からの依頼業務の増加や高齢化によって負担が増していた実態を踏まえ、業務整理や負担軽減を段階的に進め、持続可能な運営へと転換を図った。
子育て支援でも同様に、制度の有無ではなく「実際に暮らす人が何に困っているか」に着目している。親が安心して休める時間を確保する取り組みや、産後ケアの無償化などは、生活実態への深い理解に基づく施策である。
また、地域の農産物を活用した支援を通じて、経済的な補助と地域内循環の両立を図っている点も特徴的である。
さらに、役場組織においては、性別にとらわれない人材登用と、育児期をキャリアとして認める仕組みづくりにより、女性管理職の割合が高い状態を実現している。これは単なる多様性の推進にとどまらず、組織として持続的に機能するための基盤づくりでもある。
将来像として掲げるのは「秩序ある個人主義」である。従来のように地域が個人に過度な負担を強いるのではなく、適度な距離感を持ちながら関わることのできる複層的なコミュニティを志向する。自治会と目的型コミュニティを併存させる考え方は、人口減少社会における新たな地域運営モデルを示唆している。
南箕輪村の取り組みは、単なる成功事例ではなく、「変化を受け入れる地域」と「挑戦を選び続ける個人」が結びついたときに、どのような自治の姿が生まれるのかを示している。今後、このモデルがどのように広がり、他地域へどのような示唆を与えていくのかが注目される。
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(資料)「新たな息吹~地域の可能性を拓く人々『地域おこし協力隊から村長へ~南箕輪村 村長 藤城栄文さん』」「経済月報」(2026年4月号)