新たな息吹~地域の可能性を拓く人々(2)~TAKARAチーズ工房(株)池上宝さん<2025・10・21>

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最終更新日: 2025年10月21日

移住者4割の小さな村が迎えた27頭のヤギ

 下伊那郡売木村は、人口約480人のうち約4割を移住者が占める村である。

 「住民を1人でも増やすこと」を主要施策として移住促進に取り組んできたのが、清水秀樹村長だ。

 多様な移住者が村を支えるが、その中の一人が、ヤギ酪農を営む「TAKARAチーズ工房」代表の池上宝さんである。

 池上さんが売木村に移住したきっかけは、農業雑誌のインタビューで「アルプスの少女ハイジのような暮らしがしたい」と語った記事を、清水村長が偶然目にしたことである。
その記事に強く惹かれた村長は福井県まで池上氏を訪ね、移住のスカウトをした。

 池上氏さんは2年後の2015年に27頭のヤギと1頭の馬を連れ、売木村へ移住した。

チーズ工房から広がる、売木村の新しい風景

 池上さんが売木村で始めた工房は、ヤギ乳を生かしたチーズづくりを中心に、製造・販売・カフェ営業・体験提供までを手掛けている。これらの乳製品は観光客から高い評価を得ており、今では売木村の新たな名物として定着しつつある。

 25年春には、工房の裏手に「Hygge Heidi」として、カフェ・バーベキュー・キャンプ場・宿泊スペースが一体となった複合施設をリニューアルオープンした。

 訪れた人々は池上さんとの会話を通じて、売木村での暮らしのリアルに触れる。そうした素朴で和やかな雰囲気が、観光客だけでなく移住者にとっても心地よい交流の場となっている。

ヤギのいるのどかな風景

 売木村では、農業の担い手の減少により、草が生い茂った耕作放棄地が各所に広がっている。池上さんは、そうした使われなくなった土地にヤギを放牧し、場所を移しながら草を食べさせている。

 そして、毎日、軽トラックでヤギを移動させながら放牧地を巡る池上さんの姿は、売木村の日常の風景となっている。

 売木村は「ヤギの村」として徐々に知られるようになってきており、ヤギが草をはむ様子は、村の風景に溶け込み、訪れる人々に穏やかな時間をもたらしている。

人とのご縁が支える事業と経済効果

 池上さんの事業は、人とのご縁を力に変えながら、地域に根付いてきた。

 工房でのチーズづくりは、池上さんの思いに共感した移住者を中心とした仲間たちが出資してくれたことで可能となった。

 彼らの多くは、池上さんのように自然と向き合いながら暮らしたいと願いつつも、自らその営みを行うことは難しい。だからこそ、その思いを「出資」という形で託したのである。

 口コミやSNSを通じてファン層は広がり続けており、遠方からわざわざ工房を訪れる人も少なくない。彼らはチーズを買うだけでなく、村内の店で買い物をしたり、宿泊をしたりと、工房を核に地域全体に経済的な波及効果をもたらしている。

「ハイジの暮らし」が叶う場所

 池上さんは、長野県や売木村の魅力を以下のように語っている。

 長野県は、アルプスを有する唯一の県で、標高2000メートル級の山々が日常の背景にあります。「アルプスの少女ハイジ」のような暮らしを実現できるのは、ここしかないと思います。

 地元の方は“山ばかりで何もない田舎”と良く言われますが、県外から来た私たち移住者にとっては、むしろこの雄大な山々こそが最大の魅力です。

 東京では絶対につくれない、圧倒的な自然のスケールと静けさがここにはあります。

自分らしい暮らしで地域再生

 池上さんの営みは、「地域再生」とは立派な計画を立てることではなく、日々の暮らしの中で地道に実践を積み重ねていくことだと教えてくれる。

 例えば、人々が集う場をつくること、ヤギを飼いながら小さな酪農を営むこと、地域の人と観光客が交わる接点を丁寧に設計すること、そうした一つひとつの行動が、地域に新しい価値や関係性を生み出している。大きな予算や派手なプロジェクトがなくても、「こう暮らしたい」という個人の意思が、地域を動かす力になる。

 こうして見ると、池上さんのような移住者が地域に根を張りながら、自分らしい暮らしと事業を展開していくことは、地域の魅力を磨き上げるうえで非常に重要だ。その営みは、他の地域でも参考となる要素を多く含んでいるように思われる。


(資料)「新たな息吹~地域の可能性を拓く人々『「こう暮らしたい」が地域を変える~
TAKARAチーズ工房(株)池上宝さん』」「経済月報」(2025年10月号)

 

 

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