人を大切にする経営で元気をつくる(7)-仙仁温泉岩の湯<2023・10・16>

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最終更新日: 2023年10月16日

人手不足とは無縁の温泉旅館

 人手不足が深刻化する宿泊業の中において、そうした問題とは無縁なのが須坂市にある仙仁温泉 岩の湯(須坂市、代表:金井辰巳氏)だ。

 社員数65人はここ何年も変わっていない。客室数が18部屋であることを考えればそれは十分すぎる程の人数である。

 そして、売上高も2020年度は新型コロナウイルスの影響で落ち込みはしたが、翌年度にはコロナ禍前の水準に戻している。

 岩の湯の客室稼働率は100%と驚嘆する数値だ。

 そのため売上高が安定し、ゆとりを持った雇用が維持できている。コロナ禍のような逆風が吹いても、雇用に手を付けるようなことは一切ない。それは、顧客が必ず戻ってくるという確信と、そもそも経営の目的が社員の幸せにあるからなのである。

 客室稼働率100%の背景には、そうした社員が提供する心憎いおもてなしに心酔した顧客の7割以上がリピーターとなっていることがある。

 多くのリピーターやファンがいることから、18部屋は1年先まで予約で一杯ということも多く、そのため「日本で一番予約が取りにくい温泉旅館」としての評価も定着している。

 暮れ正月、クリスマスイブ全て休み

 宿泊業で人手不足が深刻化しがちな理由としては、盆暮れ正月など家族が休んでいる時に休めず、その割に給与が低いことなどから、求職者が少なく、逆に離職者が多いことがある。

 そうであるなら、それらを解消すればいいのだが、これらの時期は宿泊業にとって特別期間と言われて稼ぎ時となるため、「できない」というジレンマがある。とりわけ温泉地の旅館などは、年中無休というのが一般的だろう。

 このジレンマを打破したことが、今日の岩の湯につながっている。社員やその家族の幸せを起点として、経営を組み立てたのである。

 岩の湯では、暮れ正月を始め、クリスマスイブ、子供の日、7月夏休み3日、3月中旬から4月上旬の春休みなど、年間40日程を休みとしている。また、同規模旅館の倍の社員が働いているため、土日も自由に休め、早退、中抜け、時短勤務も可能だ。

 金井辰巳社長は、特別期間を休みとした理由を以下のように語ってくれた。

 「朝が早くて夜遅いことに加え、土日は休みが取りづらい上に、盆暮れ正月などに働かなくてはならない旅館は、職場としては魅力的ではないのです。地元の若い人や働き盛りの年代の女性を採用するには、まずはこの点を変えていかなくてはなりませんでした」

 「順番に交代勤務などしてもらい旅館自体は休みにしないでなどと、あれこれ工夫をしていた時期もありました。しかし、休めない人が出てしまうなど不公平なことが起こってきたため、休むべき日は思い切って全館休業としました」

 「家族にとって大切な日は、一緒に過ごせるようにしてあげたい。自分が幸せでなければ、お客様にいいサービスができるわけがありませんから」と。

客室稼働率100%の宿づくり

 ただ、どの旅館もこのように考えるものの、前述の通り売り上げが落ちるため「できない」という結論に行きついてしまうのが実態だろう。

 そこで金井社長が同時に決意したことが、特別期間中やオフシーズンなど関係なく顧客が訪れる宿づくりだ。稼ぎ時を休みとする以上、オフシーズンでも顧客に来てもらわなくては経営が成り立たない。

 「季節や曜日を問わず、オンもオフもなく、常に客室が満杯となる宿をつくり上げようと従業員に向け宣言をしました。それは決して空想ではない。50部屋、100部屋なら難しいかもしれないが、たったの18部屋なんだ。我々のやり方いかんでできないはずがない」。

 この宣言は空手形に終わることなく、冒頭紹介したように岩の湯は「常に客室が満杯となる宿」となっている。このことが実現できた要因は、施設面や環境面、食事面など多岐にわたるが、最大の要因は社員が提供する心温まるサービスに他ならない。

 常識ではありえない稼ぎ時の休みの設定など、岩の湯は社員とその家族の幸せを一番に考えた経営を行ってきた。

 その結果、それと呼応するように、部署やお互いの心の垣根を越え全社員が一丸となって、顧客のことを考え、サービスを磨き上げていく社風が出来上がってきたのである。

社員の幸せと仕事そのものの価値をうたった経営理念

 岩の湯には、経営の唯一の目的として「我社は幸せをアートする」という企業理念がある。この企業理念を実現するための経営方針、戦略の核となっているのが経営理念だ。それは次のようにうたわれている。

 「我々は、日本の風土に合った独自固有の理想土文化の創造を企業使命とし、社会に貢献し、人格の錬磨向上を図り、事業の限りない成長と社員の幸福の実現に邁進する」と。

 「理想土」について金井社長は、次のように説明をしてくれた。 

 「立派な建物、立派な料理、立派なサービスなど、いわゆる高級の概念とは一線を画した、岩の湯にしかない施設、環境、温泉、料理、サービスをもってお客様の人生に役立つ存在になろう。理想土(リゾート)という心のふるさとになろうという意味です」。 

 顧客の人生に役立つ存在になろうという方向性は、行動原則としているミッションにも明確にうたわれている。岩の湯のミッションは、「情けと癒しの旅文化の創造」である。

 「『ホスピタリティ』という言葉がありますが、私どもでは『情け』とあえて言います。それは『ホスピタリティ』は、外国からの借り物であり、それを元に形創られた施設や人的サービスはホンモノではないのではないか。日本人の心の奥底には、ふるさとへの回帰本能があり、ふるさとで癒されたいのだと思ったのです。そうであれば、日本の風土の中で育んできた『情けの心』を持って施設やサービスを創り上げることが必要で、それこそがふるさととなり、ホンモノとなります。そうなれば、お客様に必要な『癒し』を提供できるはずです。私たちが目指す『理想土』とは、このような形で旅という異日常における『癒し』の機能なのです。それをこの岩の湯で実現したいと思ったのです」。

進化し続ける岩の湯

 岩の湯は、毎年3月中旬から4月始めの春休みの期間を利用し、設備更新を行ってきた。老朽化への対応もあるが、時代の変化を先取りした投資も多く行っている。 

 来年は35周年を迎えるが、30年来のリピーターもいる。岩の湯は「心の故郷」だから、という理由が多いようだが、進化し続ける施設や環境が社員を成長させ、顧客を飽きさせないのだろう。 
 規模は異なるが、東京ディズニーランドが同じ理由からリピーターを多く抱えてきた。多くのリピーターを確保するためには「進化し続ける」というのがキーワードだろう。

 社員とその家族を大切にし、進化し続ける岩の湯は、これからも「日本で一番予約が取りにくい温泉旅館」として、多くのファンを魅了し続けるのだろうと思う。


(資料)『社員を大切にする経営で元気をつくる』長野経済研究所「経済月報2023年10月号」

 

 

 

 

 

 

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