人を大切にする経営で元気をつくる(6)-日置電機株式会社<2023・08・17>

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最終更新日: 2023年8月17日

売り上げの10%超を研究開発費に 

 日置電機(株)(上田市、代表:岡澤尊宏氏)は、電気計測器の開発、生産、販売・サービスを一貫して担う専門メーカーだ。

 世界的な脱炭素化の流れを受け、電気自動車(EV)やエネルギー市場向けの需要増加から、売上高は22年まで2期連続で過去最高を更新している。同時に売上高経常利益率も20%を超えており、一般に製造業で目標とされる10%を大きく上回っている。

 この強さの秘訣の1つが、「研究開発型」の事業構造だ。毎年、売上高の10%超を研究開発投資に回し、社員の3分の1以上を開発部門に配置することで、新商品を継続的に市場に投入している。現在の主要製品数は約300機種にのぼり、産業財産権は1,000件を超えている。

 2つ目は、「顧客起点の製品開発」だ。独り善がりではない、顧客が欲しい製品のニーズをつかみ、それに向けての研究開発を行っているため、継続的に売れる製品を作り出すことが可能となっている。現在、国内10の営業拠点で約6万社にのぼる顧客の潜在ニーズ発掘に努め、開発、製造部門との共有を図っている。海外は、グループ会社10社、駐在員事務所2拠点、約280社の代理店を配置している。

 研究開発と営業が両輪となり、個別の顧客ニーズに対応したニッチ分野を深耕しながら、現在300に及ぶ幅広い製品群を開発し、世に送り出している。

 価格以外の付加価値を売る「非価格経営」 

 掘り起こしたニッチ分野で勝っていくためには、顧客の多様なニーズをしっかりと織り込んだ製品を、どこよりも早く開発・製造していくことが必要となる。

 そこで、同社では製品開発をよりスピーディーなものにするため、「コンカレント・エンジニアリング(同時進行エンジニアリング)」と呼ばれる開発手法を採っている。また、生産に関しては、多品種少量・変種変量生産が可能なセル生産で短納期に応えている。そのため、多品種の製品を同時並行で生産でき、柔軟な納期対応が可能になっている。

 さらに、アフターサービスにおいては、国内外に顧客密着型の体制を整備し、ダウンタイム(計測器を使用できない期間)を短縮することに力を注いでいる。顧客にとってダウンタイムは生産性を著しく低下させるため、「困ったらすぐに駆け付けてくれるサービス」が品質と同様重要になる。

 そして、アフターサービスは、顧客の生の声を直接聞くことで、製品の改善や新製品につながる契機にもなる。同社では、製品の開発担当者も顧客先に同行する方針を採っている。こうすることで、製品の使われ方や不満、さらなる改善箇所などが把握でき、具体的な改善に取り組める。強みの「顧客起点の製品開発」を実現していくためには、このアフターサービスの取り組みも欠かせない。

 すなわち、同社が売っているのは「品質」、「納期」、「スピード」、「アフターサービス」といった付加価値であり、「価格」ではない。この価格競争とは一線を画した「非価格経営」こそが、売上高営業利益率20%の高収益を可能にしているのだ。

 「非価格経営」は、社員を大切にする経営のために欠かせない戦略ともなっている。

 社員を大切にしようとするのであれば、価格で勝ち負けが決まるような経営はできない。価格競争で提供する「安さ」は、社員の給与や労働時間などの処遇を犠牲にして成り立っていることが多いからだ。そのため、同社では価格以外の付加価値を売りにした競争力を磨いてきた。そうすることで、社員の処遇を良くし、働きやすい職場を生み出してきた。

 「働きがい=働きやすさ+やりがい」で社員自ら動く組織に

 「働きやすさ」と併せ、社員を大切にするために欠かせないのが「やりがい」だ。「やりがい」は、働くことで得られる価値や満足感、喜びである。仕事をする上で肉体的・精神的な苦痛が少ない「働きやすい職場」で、「やりがい」を得られた時に人は幸せを感じる。また、「やりがい」を得ることで、主体的に仕事に取り組むようになり、それがさらに「働きがい」を高めることにもなる。そして、社員の「働きがい」が高い会社の業績は、おしなべて良好だ。

 (株)働きがいのある会社研究所(Great Place to Work Institute)(以下GPTWという)の調査によると、「働きがいのある会社」とそうでない会社では、前者の業績がより優れていることが明らかとなっている。因みに同社は、GPTWが主催する 2023年版「働きがいのある会社」に認定され、さらに中部地域における優秀企業にも選出されている。

 こうしたことから同社は、社員の「働きがい」を高めることを経営の重点方針の1つとしてきた。会社の中期経営計画「ビジョン2030」においては、個人のパーパス「やりたい、実現したい、挑戦したい、貢献したい」を重視した経営を推進している。

 このような土壌もあり、同社ではほとんどの仕事が社員からのボトムアップで進められており、各人の主体性が際立っている。既述した「コンカレント・エンジニアリング」もその1つであり、熱い思いを抱いた1社員からの発案から製品開発がスタートする。発案するのは企画担当だけではなく、顧客ニーズを熟知した営業担当ということも当然にある。「こんな製品こそがお客様に喜ばれる」と確信した人なら、誰が発案しても良いのだ。

 2021年には、希望する部署やプロジェクトに自ら手を挙げる「Hiチャレンジ制度」という社内公募制を開始している。自らのキャリアを主体的に選択できることは、「働きがい」を大いに高める。そして、「働きがい」のある職場であれば、自由な発想が喚起されてイノベーションが促進されよう。総就業時間の10%を未来のために使って良いというイノベーションを加速するための「未来創造の時間」という取り組みもあり、ここから新製品も誕生している。

 

 
 社員を大切にするということは、「働きやすさ」と「やりがい」がバランス良く職場に定着していることだ。

 優れた業績を挙げてきた同社だが、それは社員を大切にする経営を継続してきた結果に他ならない。会社から大切にされた社員は、チャレンジを厭わず主体的に仕事に取り組むようになる。その結果、顧客が満足する製品・サービスが多く創造されるだろう。そして、それは多くのファンづくりにもつながる。そうした付加価値や魅力を多く持っているのなら、価格で競争する必要はなくなる。

 インフレの足音が徐々に大きくなっており、値上げに迫られる今日であればこそ、「社員を大切にする経営」や「非価格経営」が企業の目指すべき1つの方向性のように思う。

 

(資料)『社員を大切にする経営で元気をつくる』長野経済研究所「経済月報2023年8月号」

 

 

 

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