脱デフレの試金石となれるか?運輸業の挑戦<2017・07・04>

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最終更新日: 2017年7月4日

「働き方改革」のもと人手不足が深刻化する運輸業  

  長時間労働の是正や人口減少下での働き手確保のため、政府は3月「働き方改革実行計画」を決定しました。秋の臨時国会で「働き方改革」関連法の改正案を成立させ、2019年の施行を目指します。
 当研究所でも、県内企業の取り組み状況を把握するため、会員企業を対象に「『働き方改革』への取り組み」に関するアンケートを実施し、547社から回答をいただきました。回答では45%の企業が「働き方改革」に取り組んでおり、主な施策は、「育児・介護休業法」の施行を背景に「育児支援」、「介護支援」の他、「高齢者・女性の雇用促進」、「休暇取得の促進」、「労働時間の短縮」などとなっています。
 業種別に取り組み割合を見ますと、「小売業」、「卸売業」が5割を超えるなど高い中、「建設業」は4割程度、「運輸業」では4割を割り込むなど、業種によって違いが見られます。人手不足が深刻化している「建設業」、「運輸業」については、政府の方針でも規制の適用を5年間猶予する措置が設けられています。

サービス業の生産性向上のため重要な「タダ働き」の解消 

  規制の適用が5年間猶予されることとなった「運輸業」の実情について、詳しく見てみましょう。同業は「日本再興戦略2016」においても、生産性を改善すべき業種として位置づけられています。戦略では、GDPの7割を占めるサービス産業の活性化・生産性向上なくして経済成長はありえないとの認識から、運輸、医療、介護、保育、飲食、宿泊、卸小売りの7分野に対し、それぞれ指針を策定しています。
 運輸業界では、かねてより歪んだ価格体系や人員不足が問題になっており、国土交通省では、2015年5月より、運送事業者、荷主、行政等の関係者が一体となった「トラック輸送における取引環境・労働時間改善中央協議会」を立ち上げ、対応策の検討を始めています。この中での実態調査を見ると、「荷主都合による荷待ち待機への費用の支払いがない」、「燃料高騰分の費用がもらえない」、「検品や商品の仕分け等の付帯作業に対する費用の支払いがない」などの歪んだ商取引の実態が改めて明らかにされています。
 働いた対価の価値を認めてもらい、しっかりとお金が支払われるという行為は事業維持のために必要なだけでなく、経済が成長するためにも欠かせません。対価が発生する取引しかGDPに計上しようがないからです。どうしても所謂「タダ働き」が多くなってしまうサービス業には、こうした点の改革が求められています

経済成長と売り手よし、買い手よし、世間よし

 そうした視点から日常を見た場合、経済の成長を歪めている場面が多いことに気が付きます。先の運輸業では、宅配便などで再配達をしてもらっても、我々は代金を払っていません(今後は有料化の方向性にあるようですが)。また、旅館などに行くと1人のスタッフが付きっきりで対応してくれるところもありますが、それがあるからといって宿泊料が高くはなっていません。我々お客はそれを当たり前だと思っています。しかし、本来受け取った充実感・満足感はサービス価格に反映されるべきものです。
 この「当たり前サービス」が過ぎると、働き手は労働時間が多い割には儲からず、賃金も低いままで、消費も減っていきます。そうすると更に企業の売上げが下がる、というお馴染みのデフレスパイラルが顔を覗かせます。
 近江商人が商売の理念とした、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方良し」はあまりに有名ですが、この構造を考えると頷けるところです。つまり、不当に安い取引は、逆に自分の損につながりかねない。さらには世間を狭くしてしまう。企業は持続することに意味があります。そのためには、大切な取引先には払うべきものは払って、共存共栄を図ることがデフレに陥らない知恵でしょう。

「働き方改革」でデフレ脱却を

  さらに、値切ってばかりのお付き合いの中で、取引先は自社をどう思うでしょうか。伊那食品工業の塚越寛会長は著書「いい会社をつくりましょう」の中で、「いい会社とは、単に経営上の数字がいいというだけではなく、会社をとりまくすべての人々が、日常会話の中で『いい会社だね』と言ってくださる会社のことです」と「いい会社」について説かれ、着実な成長を遂げられております。
 取引先、お客さん、地域社会から「いい会社」だと言ってもらえれば、大切な情報もいただけ、困った時には手を差し伸べてもらえるのではないでしょうか。これから国内市場は成熟化し、人口は減少し、高齢化が進む中、ますます商売は難しくなっていくことが予想されます。世界中が金融緩和を長く続けている状況を見ても、またいつバブルが崩壊するとも限りません。その時、伴に歩んでくれる社員、お取引先、お客様がいれば、「不況など恐るるに足りず」となりましょう。
 「三方よし」という理念に立ち返って、適切な価格での取引きが行われることで生産性も上がり、時間外労働も減らしていけます。そう考えるなら、今回の「働き方改革」は下請業者にとっては取引先との関係を見直し、生産性を向上させるチャンスなのだと思います。
 先の運輸業について考えるなら、下請け運輸業と荷主が良きパートナーとなって、共に発展することは、巡り巡ってサービス業全体の適正価格での取引環境を創り出し、ひいてはデフレからの脱却を後押しするものになるかもしれません。
 脱デフレの試金石として、運輸業界の「働き方改革」の成功に大いに期待したいと思います。

 

 

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