長野県製造業が抱えた二つの課題(2010.09.14)

 20代後半のころ、経営コンサルタントの研修生として、ものづくりの現場に立つことがあった。毎日、ストップウオッチを持って、工場で働く人達の作業時間を測った。これは「標準時間」と呼ばれる〝最良の方法でその作業をした場合に必要とされる時間〟を算定することが目的だった。

各作業の「標準時間」が決まれば、それに人件費を掛け材料費を足すなどして、ものを作るときの原価が出せる。原価が決まれば、仕事を受注する際に「利益」を勘案した見積書が作れる。または、発注された仕事が「利益」がでるものかどうかの判断がつく。極めて当たり前の理屈だ。当たり前すぎる作業に当時は、丸1日棒立ちでストップウオッチをにらむ作業を恨めしく思った。20年以上も前のことである。

 ところが、最近、県内のものづくり企業の現場をあらためて訪れてみると、見積書通りの仕事ができず利益を出せない中小零細企業が増えている。根本的な事象を分析してみると「標準時間」という社内ルールがないがしろにされてしまっているのである。

 省みると、今世紀に入って今回の不況に陥るまで製造業は、「心地よい円安」「急拡大する米国市場」など、一種のバブル的な状況にいた。大変だと言いながらも、経営体質は徐々に「ぬれ雑巾」に戻っていた。そうした中だったからこそ、現場と乖離した見積書でも食べてこれたのだ。

 それが再び、1銭1厘のコスト削減で利益を搾り出す時代を迎えた。原点に立ち返り、正確な見積書を作れる社内体制、利益の出せる経営体質に変革することこそが、いの一番に必要だ。

長野県の次なる成長分野を構想することが重要なことは言うまでもない。一方で、多数を占める中小零細企業の経営体質が強化されないことには、構想は広がりを持ちえない。二極化の様相を強める長野県製造業は、両極に大きな課題を抱えているように思う。
(2010.09.14)

(初出)信濃毎日新聞2010年9月14日朝刊「提言直言」『県内製造業 利益出せる経営体質に変革を』

関連リンク

このページに関するお問い合わせ

産業調査

電話番号:026-224-0501

FAX番号:026-224-6233